季節はすっかり秋の北海道。山間部は紅葉に色付き、まさに今が見ごろとなっていますね。

さて、bisen卒業生の取材コーナー「OBを訪ねて」も今回で20回目を迎えました!
今回はインテリア専攻43期卒業の風間龍行さんを紹介いたします。 


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風間さんは空知・新十津川町にある「浪漫村nijinos(虹の巣)」で村長を務めています。

浪漫村nijinosは、農業生活や体験をしてみたいという人をボランティアスタッフ=「村民」という形で迎え入れて、自給自足の生活を通して、自然と向き合う素晴らしさを提供しています。


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今冬に、ノーボードブランド「農BORDER」を立ち上げ、8月末には、東日本大震災の復興支援・被災地の方々の保養を目的とした野外フェス「新十津川ほっこり村祭」を主催し、各メディアにも取り上げられました。 




l 仕事内容






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仕事は「浪漫村nijinos」の村長です。

なぜ村長か?と思うかもしれませんが、「村長をやらないか?」と声を掛けてくれたのがきっかけ。その時は「やった!」と思いました。その時が来た!みたいな。

元々、国内のいろんな集落を回っていたので、村長になること自体に違和感はありませんでした。本当にちょうど良いタイミングで話が来たって感じです。

今の日本は、本気で自然と生きて、自由にものを作ることを生業にすることは、本当に覚悟が要る時代になりました。集落を立ち上げている人間のほとんどは間違いなく苦労しています。

「浪漫村nijinos」に来る大抵の人間は、ここに流れ着いた旅人やアーティスト。彼らが村人となってしばらく生活をしていきます。


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村づくりにあたって、今でもお世話になっている「スープカレー奥芝商店」の奥芝社長が、企業として村の後ろだてをしていただきました。個人や団体が奮闘して自給自足する集落とは違って、会社が集落を支援することは極めて異例なこと。
このスタイルが、これからの日本の新しい集落のモデルになればいいと思うくらいです。非常に嬉しいですし、やりがいを感じました。

集落をつくる人、これはある意味で「世捨て人」と言えます。日本の社会構造とは別の位置で生活をしているからです。それでも、日本の会社のひとつとしてつながることができるのが凄い。





l 卒業後の経歴






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「大分前に話になるのでうろ覚えですが、元々は大学で経済か経営を専攻していました。特別講座でインテリアの資格が取れる学校だったのですが、開講されなくなって講座が受けられませんでした。仕方なく英語ばかりを学んでいました。そのうちにアメリカへ留学できる機会をいただいたんです。」

父親がアメリカ人で旅人だったこともあり、現地で英語を覚えたいと思い、風間さんはアメリカへ留学します。

「日本にもいいところもあるが、アメリカのいいところは“自分を出すことにためらいがない”こと。そこはとてもためになった。」

帰国後、大学を辞めて、bisenのインテリア専攻に学びの場所を移します。


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「bisen卒業後、有難いことにコンペで何回か賞も取り、就職のいい話も来たんですが、どうしてもデザイナーという肩書きよりも、大工の方がかっこいいと感じるようになりました。実際の生活に直結する「図面を書ける人」が生きる上で明らかに強いと思ったし、生物的な逞しさを感じたんです。」

結局、建築事務所に入らずに、沖縄へと旅に出ることになる。これが卒業1ヵ月後の出来事。

現地で安い自転車を買い、沖縄一周の旅。

風間さんは道中でいろんなアーティストにめぐり合いながら、本島北部(やんばる)のジャングルの奥にあるゲストハウス&カフェバー・ビーチロックビレッジにたどり着く。

大自然を満喫できるカフェ。出会いとお酒が楽しめるバー。ビレッジで採れた野菜を中心とした食事が楽しめる宿。ワイルドに楽しむレジャー体験。

この“体験型キャンプ”にインスパイアされ、「浪漫村nijinos」開墾の基礎となりました。


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「そこで半年間、テントで暮らしながら乗馬のインストラクターや、水道が通っていないので水を汲みにいったり、畑を耕したりしていました。その後、今度は北海道に戻り、“夏を体験したので、今度は冬だ!”とばかりに、ニセコで雪山にこもる生活を始めました。そこは外国人や日本中からアーティストが集まる異文化の場所でした。ニセコでは1シーズン働いた後、札幌に戻ってきました。22歳でbisenを卒業し沖縄、23歳でニセコ、そして札幌へ。こんな感じです。」


札幌に戻ってしばらくは、奥芝社長の友達の店で働きながらお金をためて、絵を描いて暮らしていたという風間さん。そんなある日、奥芝社長が「面白い土地を見つけた。そこでカレー屋もやる。どうだ、やらないか?」と声をかけてきました。

「コレが運のつき。」

二つ返事でOKし、現地に向かうと・・そこには建物はあるものの、あたり一面が瓦礫の山。

「ここを一人でどうすればいいんだ!?僕にとって人生で一番病んだ時期でした。理屈じゃなく物理的にどうすればいいのか本当に分からなかった。」

希望を胸に新天地に踏み入ってみたものの、現実の大変さに打ちひしがれる日々が続いたそうです。
でも、コレがつい、2年ちょっと前の出来事だったというから驚きです。


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「でも人間って、どうにかするしかないという状態になると、全てを出来なければならなくなる。他の職業もそうですけど、コミュニケーション、大工仕事、畑仕事、飯作り、動物の世話と・・自分に強みを増やしたいのなら、とにかく修行して、経験していくことを学びました。僕は今でもまだまだ全然できていませんよ。」





l 仕事で大切にしていること





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2つあって、「リアルであること」「感謝」

「リアルであること」とは、危機感を含め、自分にとって実感が沸いてないことが世の中にはいっぱいあります。ちゃんと肌で感じて、飯が当たり前ではないということや、今の生活がいつまでもあるとは限らないと実感すること。
これはアーティストとして、人間として、生物としてしっかり考えないと衰えていくものだと思います。

「感謝」は、ここまで来られたのも、道内外いろんな人と一緒にやって来れたおかげだし、まわりに育てられたようなもの。これを忘れないこと。
今ここにある当たり前を、もっと全力で感謝できるようになりたい。






l 今後のVision





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僕、実は村長を引退するんです(既に10月1日を以って引退)!

2代目村長も決まっています。村づくりにおいて自然の知識、生物の知識が詳しい男で、まさに地球と生きる男。彼にならこの村を任せられます。僕はしばらくは実家で充電しつつ、来年からは、再び国内や海外を旅しようと思っています。

村としては、村民の分だけは自給できるようになることを目指します。
乗馬体験で商売ができて、発電設備や畑、非常食用の海老の飼育に、烏骨鶏の卵など・・。カレー屋の食材も村の中だけで賄うことができたりね。

東日本大震災があってから、人々のライフスタイルに限界が見えてきていると思う。ただ、だからといって危機感を募らせているよりは、自然の中での自給自足を楽しさにつなげていきたい。2代目はちゃんとそういうところができているし、「浪漫村nijinos」もさらに自然とまっすぐに向け合える村になるのではと思います。






l 学生、後輩に向けてのメッセージ






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多分、bisen生が思い描いている理想は、本気に思っていれば実現できる。
「普通はこうだから」とか「絵で飯は食えない」という考えは捨ててください。

大会社のデザイナーはもちろんだけど、世の中には、単身で画材片手に日本中を旅して飯を食えている人もいる。個人的に依頼を受けて描くこともそうだし。その時点で、もう既にアーティストなんです。

簡単に夢をあきらめないでください。




l 座右の銘






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最後は恒例「お気に入りの言葉」をしたためていただくのですが、この後、イベントの段取りで忙しくなり、離れてしまうことに。
代わりに、風間さんの信頼の置けるパフォーマーに代筆を(しかも、団扇に!)お願いしました!


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風間さんの生き様そのもの、「Life is ナンデモアリ!」をいただきました。


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その後の話

取材後、「新十津川ほっこり祭り」の収益金+イベントTシャツの売上金を地元野菜に変えて、福島県南相馬の「よつば幼稚園」に直接届けられました。
たくさんの仲間に惜しまれながら「浪漫村nijinos」を卒業された10月現在、実家がある野幌で自営業をされているようです。すでに新しい村を作りたがっているとか・・?

これからの動向がとても楽しみです。

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村の所在地

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浪漫村nijinos(虹の巣)

北海道樺戸郡新十津川町総進217-21

facebookページ→ https://www.facebook.com/Nijinos


取材記事構成 齊藤33期  写真 橋本33期